「言葉は刃物」— 一度放った言葉が相手の中に残り続けるという話
13 歳の私を変えた、一つのセリフ
何年も前に言われたひとことが、ふとした瞬間によみがえって胸に刺さる。
そんな経験、ありませんか。
私には、いくつかあります。そして、自分が誰かに対して同じことをやってしまっていないか、ときどき不安になります。
このテーマを最初に考えさせられたのは、13 歳のときに観た映画でした。
2011 年公開の「名探偵コナン 沈黙の 15 分(クォーター)」の中で、コナン君がケンカしている友達を仲裁するシーンがあります。
一度口に出しちまった言葉はもう元には戻せねーんだぞ。 言葉は刃物なんだ。使い方を間違えると厄介な凶器になる。 言葉のすれ違いで、一生の友達を失うこともあるんだ。
子ども向け映画のセリフなのに、当時 13 歳だった私は、これに鳥肌が立ちました。
「言葉」という道具の重さ について、初めて真剣に考えた瞬間です。それ以来、このセリフは私のコミュニケーションの原点になっています。
言葉は、二面性を持っている
言葉には、人を励まし、前に進ませる力があります。
同時に、人を深く傷つけ、立ち止まらせる力もあります。
そして厄介なのは、同じ言葉でも、受け取る人の状況によって正反対の意味になるということです。
例: 「資格を取っても意味がない」
このひとこと、人によって解釈が分かれます。
| 受け取り方 | 解釈 |
|---|---|
| ポジティブ | 「資格勉強より実務経験に時間を使おう」→ 行動の後押し |
| ネガティブ | 「あなたの努力には価値がない」→ 努力の否定 |
私は実際に、この言葉をかけられた側でした。基本情報・応用情報を取った頃、「仕事では使えないから意味がない」と言われ、地味に落ち込みました。
評価されるために取ったわけではないんです。
でも、コツコツ積み上げてきた時間を、一言で否定された感覚は、思った以上に長く残るものでした。
発した側は忘れる。受け取った側は忘れない。
私が、言葉のいちばん怖い性質だと思っているのは、ここです。
言葉を発した本人は、数日後にはきれいに忘れています。
でも、受け取った側の心には、その言葉がそのまま残り続けます。
「あのときの一言、いまもまだ覚えているんだよな」——。そう感じている相手は、たぶん、想像しているより多いです。
だからこそ、言葉を発する前に 一度立ち止まる だけで、ずいぶん違う気がしています。
「言葉を熟成させる」という習慣
私が日々のコミュニケーションで意識しているのは、「思考の時間を設け、言葉を熟成させてから発する」 ということです。
具体的には、こんな感じです。
- 感情が高ぶっているときほど、すぐに言葉にしない — 怒りや焦りの中で発した言葉は、ほぼ確実に刃物になる
- 相手の立場で一度受け取ってみる — 「この言葉を、この人が、この状況で聞いたらどう感じるか」を想像する
- 否定から入らない — まず相手の意図を理解してから、自分の意見を述べる
一言でまとめるなら、「人の気持ちを考える」ということに尽きます。
当たり前のことですよね。
でも、忙しいとき、余裕がないとき、意見が対立しているときほど、この「当たり前」が驚くほど難しくなります。
チームで働くエンジニアとして
この考え方は、エンジニアとしてチームで働く中でも、地味に効いてきます。
コードレビューのコメント、Slack でのフィードバック、1on1 での率直な意見。
どれも 使い方を間違えると、チームの心理的安全性を一瞬で壊せてしまう 道具です。
プロフィールの「夢」 で掲げている「心理的安全性の高い組織を作る」という目標は、まさにこの「言葉の扱い方」の延長線上にあります。
技術力やプロセスの整備も、もちろん大事です。でも、その土台にあるのは、日々の一言ひとことの積み重ねだと、私は思っています。
言葉には力がある。だからこそ、発する前に丁寧に熟成させて、できるだけ優しい言葉を届けたい。
13 歳の私がコナン君から学んだこの感覚を、27 歳になった今も、ちゃんと大切にできているか——。
ときどき自分に問い直しながら、これからもこの記事を書き続けるつもりです。
あなたも、誰かにかけられて忘れられない一言がありますか? そのときの感覚は、たぶん、明日あなたが誰かに何かを伝えるときの、いちばんいい羅針盤になってくれます。
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