『アサーティブネス』を読んで、伝え方より自分の感情と向き合うことを選んだ話

私はこれまで、相手への配慮や場の安定を大切にしたいと思ってきました。今もその気持ちは変わりません。けれど、堀田美保さんの『アサーティブネス — その実践に役立つ心理学』を読みながら、私が本当に考えていたのは、コミュニケーションの技法よりも、その手前にある自分との関係だったのだと気づきました。

アサーティブとは、対立の話ではなかった

アサーティブという言葉を、私は最初「自分の意見をはっきり言う技術」くらいに捉えていました。でも本書が扱っていたのは、もっと手前の話でした。自分を尊重することと、相手を尊重することは、必ずしも対立するものとして固定されなくてもよい、という視点です。

私は場の安定を優先するあまり、自分の感情を後回しにし、理性の方に寄せて処理してきた場面が少なくなかったのだと思います。本書のこの視点は、その癖を責めるというより、「そのとき本当は何を感じていたのか」と静かに問い返してくるものでした。

批判は「受け入れる」のではなく「受け止める」

本書で印象に残ったのが、批判への向き合い方です。批判を受け入れることと受け止めることの間には、距離がありうるという考え方でした。

これまでの私は、相手からの指摘を受けたとき、それをそのまま自分の評価として飲み込んでしまいがちでした。でも「受け止める」という距離を持てば、批判は自分の全体を否定するものではなく、いったん受け取って眺めるものになります。この距離感は、他人を動かそうとするのを、やめた日で書いた「他者の評価は他者の課題」という感覚とも近いところにあると感じています。

伝える前に、自分の感情に言葉を与える

もう一つ強く残ったのが、伝える前に、自分の感情に言葉を与える必要があるという考え方です。何を感じているかが自分の中で言葉になっていないまま話し始めると、その感情は行動や態度ににじみ出てしまう。だからこそ、伝える前に一度立ち止まり、自分の感情を自分の言葉にしておくことが必要なのだと理解しました。

これは、「言葉は刃物」— 一度放った言葉が相手の中に残り続けるという話で書いた、言葉を発する前にいったん熟成させる習慣にも通じています。あのときは相手に向ける言葉の話でしたが、今回気づいたのは、その前段階として自分に向ける言葉がまず必要だということでした。

それぞれの人が、それぞれの現実を生きている

本書を通じて、私の中に残った感覚をいくつか言葉にしておきます。

それぞれの人が、それぞれの現実を生きていること。批判は受け入れるのではなく、受け止めるという距離がありうること。伝える前に、自分の感情に言葉を与える必要があること。

そうした考えに触れて、私は人と向き合うことが、相手を操作することでも、自分を押し込めることでもなく、まず自分の内側を雑に扱わないことから始まるのかもしれないと感じました。

まとめ

アサーティブという言葉に触れながら、私はコミュニケーションの技法よりも、その手前にある自分との関係を考えていました。

私はこれまで、相手への配慮や場の安定を大切にしたいと思ってきました。今もその気持ちは変わりません。けれど、その過程で自分の感情を後回しにし、理性の方に寄せて処理してきた場面も少なくなかったのだと思います。今回読んだ内容は、その癖を責めるというより、「そのとき本当は何を感じていたのか」と静かに問い返してくるものでした。

特に印象に残っているのは、自分を尊重することと相手を尊重することは、必ずしも対立するものとして固定されなくてもよいのかもしれない、という感覚です。私はまだそれを十分に自分のものにできていません。けれど、少なくともその可能性をまったく信じていなかったときよりは、少しだけ違う場所に立っている気がします。

まだ整理しきれていないことも多いです。自分に誠実であることと、場を大切にすることのあいだで、私はこれからも揺れると思います。それでも今回の読書を通して、私は「うまく伝える方法」以上に、「何を感じているのかを自分で見失わないこと」に目を向けるようになりました。この感覚は、技術より先に信頼をつくるで書いた、隠さず素直に共有することの土台とも、根っこでつながっている気がしています。

それは、コミュニケーションの話でありながら、私の生き方そのものに近い問いだった気がしています。

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