「失敗の科学」— すべての失敗を経験するには、人生は短すぎる
「失敗は成功の母」— 本当にそう思えていますか?
仕事でミスをした夜、頭の中で何度もそのシーンを再生してしまう。そんな経験、ありませんか?
「失敗は成功の母」という言葉は、誰もが知っています。けれど実際に失敗したその瞬間、心の底からそう思えるかというと、私は正直、そう思えませんでした。
私自身、失敗したときの最初の感情は「悔しい」「恥ずかしい」であって、「よし、ここから学ぼう」ではありません。頭では「失敗から学ぶべきだ」と分かっていても、心がそれを拒否する。この矛盾を言語化してくれたのが『失敗の科学』でした。
自尊心が学習を阻害する
この本で最も印象に残ったのは、「人は自尊心という内発的動機付けによって、失敗から学ぶことを拒否する」 という指摘です。
失敗を認めることは、自分の能力や判断が間違っていたことを認めることです。自尊心が高いほど、これを受け入れることが難しくなります。結果として、以下のような行動を取ってしまいます。
| 自尊心の防御反応 | 具体例 |
|---|---|
| 失敗を否定する | 「あれは失敗ではない」「仕方がなかった」 |
| 失敗を隠す | 報告しない、記録に残さない |
| 原因を外部に求める | 「環境が悪かった」「相手が悪かった」 |
| 学習を拒む | 同じパターンの失敗を繰り返す |
私自身を振り返ると、心当たりがあります。業務でバグを出したとき、「テストケースが想定外だった」と原因を外部に求めたことがありました。本質的には自分の設計が甘かったのに、自尊心がそれを認めさせなかったのです。
すべての失敗を経験するには、人生は短すぎる
この本のもう一つの重要なメッセージは、「すべての失敗を自分で経験する必要はない」 ということです。
人生は有限です。すべてのパターンの失敗を自分で経験し、そこから学ぶには時間が足りません。だからこそ、他者の失敗を学ぶ仕組み が必要になります。
医療業界の事例が印象的でした。航空業界では墜落事故のたびにブラックボックスを解析し、原因を徹底的に究明して再発防止策を講じます。一方、医療業界では長年、医療ミスが個人の責任として処理され、組織的な学習が進まなかったというのです。
失敗を個人の問題にすると、組織は同じ失敗を繰り返す。 失敗をデータとして蓄積し、パターンを分析する仕組みがなければ、同じ種類の失敗が異なる人によって何度も起きます。
失敗の最大の失敗
本書を読んで自分なりに整理した「失敗のメカニズム」は以下の通りです。
1. 集中が視野を狭くする
失敗の典型的なパターンとして、事象への過度な集中 があります。集中力は時間を忘れるほど強力ですが、同時に視野を極端に狭くします。
目の前のタスクに没頭するあまり、周囲で起きている変化や警告サインを見逃してしまう。エンジニアの仕事でもよくある場面です。コードの実装に集中しすぎて、設計の前提が変わっていることに気づかない。テストを書くことに集中しすぎて、そもそものテスト観点が間違っていることに気づかない。
2. 失敗を検知する「仕組み」がない
失敗を活用するには、まず失敗を検知する必要があります。そのためには:
- 失敗を報告できるシステム — ヒヤリハットや障害を記録する仕組み
- 失敗を報告する人 — 報告しても罰せられない文化
この2つが揃って初めて、失敗はデータになります。
3. 最大の失敗は「失敗を蓄積しないこと」
本書で最も共感したのは、「最大の失敗は、失敗を分析し、データとして蓄積しないことである」 という主張です。
失敗は起きます。それ自体は避けられません。しかし、起きた失敗を分析せず、パターンとして蓄積せず、次に活かさないのは、失敗を無駄にしている ということです。これこそが「最大の失敗」です。
エンジニアの仕事に置き換えてみる
この本の学びを、日々のエンジニアリングに適用してみます。
障害対応: 犯人探しではなくパターン分析
障害が起きたとき、「誰がこのコードを書いたのか」ではなく、「なぜこのパターンの障害が起きたのか」「どうすれば再発しないか」に思考を向ける。これは読書で身につけた多面的思考と通じる部分があります。
コードレビュー: 失敗を報告できる文化
コードレビューで指摘を受けたとき、自尊心の防御反応が働きがちです。「このコードには理由がある」と反射的に返すのではなく、指摘を「失敗の検知」として受け止める。「言葉は刃物」の記事で書いた通り、指摘する側も言葉の選び方が重要ですが、受ける側も自尊心のフィルターを意識する必要があります。
ポストモーテム: 失敗の蓄積と分析
失敗をデータとして蓄積する仕組みとして、ポストモーテム(振り返り)は強力です。ただし、ポストモーテムが機能するには心理的安全性が前提です。「報告したら怒られる」環境では、誰も正直に失敗を共有しません。
プロフィールの「夢」で掲げている 「心理的安全性の高い組織を作る」 という目標は、まさにこの「失敗を報告できる文化」を作ることに直結しています。
さいごに
失敗は成功の母——ただし、失敗をデータとして蓄積し、分析し、パターンとして組織に共有する仕組みがあって初めて、この言葉は機能します。
そして、その仕組みの最大の障壁は、技術的な問題ではなく、人間の自尊心です。自分の失敗を認め、共有し、学びに変える。簡単なようでいて、いちばん難しいことかもしれません。
すべての失敗を経験するには、人生は短すぎる。だからこそ、失敗を学び、失敗から成功を学ぶ。
最近うまくいかなかった一件を、ふと思い浮かべてみてください。そのときの自分は、原因を「外」に置こうとしていなかったでしょうか。そこに気付くだけでも、次の景色は少しだけ変わる気がします。
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